=JEWEL賞受賞にあたって=

菱田安彦JEWEL賞をいただき本当にありがとうございました。
日々、目の前の雑事に追われる中、今回の受賞は過去にまだ勉強している頃、がむしゃらに自己表現したくて応募したコンテストでのそれとは、ひと味もふた味も違った感慨を与えてくださいました。
また、これからも考えさせられる、この上もないチャンスとなりました。
改めてお礼申し上げたいと思います。
手塚治虫さんのアニメがきっかけでジュエリーデザイナーを目指したというと、失笑されることが多いのですが、私の場合、当時少ない月刊誌の中で見た、手塚アニメの中の大きなスタールビーが初めて見た宝石だったのです。
昭和30年代当時はシンプルな印刷であり、そんなにリアリティーがあった訳ではありませんが、子供心にいつまでもどきどきしたものです。
絵を描くことや美術全般に興味を持ちながら鉱物収集マニアでもあり、石に関しては宝石といえないものまでも美しいとと思ったものには熱中するという、変な子供だったと思います。
そんな私にとって、ジュエリーデザインの世界に入ることは魂の原点に戻るような気分がしたものでした。
地方都市で公務員として堅く暮らす両親を説得することから始まる紆余曲折を経てデザインの勉強のために上京し、ニットデザインを含む3校を卒業してから大手の卸しメーカーに入社し、ジュエリーデザイナーとしての一歩を踏み出したとき、すでに私は27歳になっていました。
遅れてしまったスタートに対するコンプレックスと企業内でのデザイン業務に対する疑問や欲求不満を各種コンテストに応募することで解消しようとしていたのもこの頃でした。
同時に既存の宝飾素材以外、例えばガラス、漆、七宝、皮、木、アクリルなど、人を飾りうる可能性のある素材を夢中で追い求めていたのもこの頃で、今では良い経験だったと思っています。

 

 

-モアレのシリーズ-

1982年、日本に初めて開設されたWGCワールド・ゴールド・カウンシル主催のコンテストに応募した際、開発した杉の木目を特殊技術でメタルに写し取ったオリジナルテクスチャーのオリジナルジュエリー。
折しも大ぶりなジュエリーが注目され始めたこともあり、このシリーズには自分でも驚くほどの大きな需要がありました。
いろいろな意味で自分のデザイナー歴の中でも、最初の記念碑となるシリーズと位置付けています。
その頃、プライベートでは出産したこともありましたが、このシリーズのブレイクに背中を押されたように仕事にのめり込んでいきました。

 

 

-イタリア ヴァレンツアに短期留学-

フリーランスになって数年後、イタリアのヴァレンツアへ短期留学するチャンスに恵まれました。
主要な目的はイタリアの加工技術やシステムの勉強と、現地クラフトマンとのコラボレーションによる新シリーズの開発でした。
その時のデザインテーマが、その後10年来続く”自然回帰”でした。
アジア人、特に日本人の持つ四季感にヨーロッパの人達はどんな感想、反応を持つのか、という思いで決めたテーマです。
その頃まで主流であったメタリック中心のラインから、半具象のデザイン群にトライしてみる事にしました。
それは同時に、モノトーンの世界から、ハイタッチでカラフルな世界への転換であったような気がします。

 

 

-コマーシャルかアートか-

長く長く創る事、売る事を繰り返してきた間には、時として本当に創りたかったのはこれだったのかな、もっと美しい物や世界があるのではないかなどと、迷いや疑問に苛まれる事があります。
今、アートって何?と聞かれても???で、はっきり答えられない私ですが、プロになって25年を迎える昨今、敢えてコマーシャルジュエリーかアートジュエリーかといったボーダーを持つ必要はないのかな、といった気もしています。
ただ、一人でも多くの人達にドキドキを伝達できれば、それはそれでハッピーな事です。

 

 

-昨今-

3年程前にビジネス上での背景が激変して、今、まだその影響から完全には抜けきれないでいます。
折しも長引く不況の中で、ユーザーの消費マインドの変化に戸惑ったり、少し辛かったりと、不惑をとっくに過ぎても大人になり切れない自分に、ただあきれるばかりです。
そんな中、一点でも多くの自分のコアの部分を素直に表現できる事が、一番大切な事だと信じています。
進化し続ける事は原点に戻ることにも繋がるという想いで作ったのが、今回の受賞作品「コスモローズ」のシリーズです。

 

 

-コスモローズのシリーズ(受賞作品)-

無機質なアクリルと有機素材の代表格とも言えるサンゴの組み合わせで、暖かみのある宇宙感を表現したかったのです。
日々身近にあるアクリルの表面を切って本格的な創作テーマに取り上げる事で、近未来の多様化に対する可能性を追求したいと思っています。
技術面では、K18のピンをいかにクリアーに見せるかがポイントとなりました。
デザイン面でのテーマは、光をいかに豊かに見せるかが重要でした。
また、素材間のビジュアル的な分量の配分も、大切になりました。

 

 

-これから創りたいジュエリー-

長い創作歴の中で、時にフォルムにこだわり、時にカラーリングにこだわり、時に素材やストーリー性にこだわって参りましたが、今、”かたち”に捉えがたい物をテーマにデザインしてみたいと思っています。
例えば、光、影、風、空気、心情などを、敢えて形にしてみたいと思っています。
同時にいつか”テーマを越えて軽い軽い「かまえなくていいよ」と言えるジュエリー”に行きつけたらいいなと願っています。

 

 

-Profile-

 

1975年 学校法人水野学園 ジュエリーデザイン科卒業

 

1975~1978年 日本ジュエリー展 入選をスタートにインターナショナル・パール・デザインコンテスト、デビアス・ダイヤモンド・デザインコンテスト3位等、連続入賞

 

1979年 第4回インターナショナル・プラチナデザインコンテスト グランプリ

 

福原佐智Sachiデザイン

 

1980年 第5回インターナショナル・プラチナデザインコンテスト 入選

 

1980年 南アフリカ プラチナ鉱山視察

 

1982年 第6回インターナショナル・プラチナデザインコンテスト グランプリ

 

福原佐智Sachiデザイン

 

1983年 南アフリカ プラチナ鉱山視察

 

1984年 第9回インターナショナル・プラチナデザインコンテスト グランプリ

 

福原佐智Sachiデザイン

 

1984年 全日本宝飾デザインコンテスト グランプリ

 

1984年 ワールド ゴールド カウンシル’84・’85 グランプリ及び金賞

 

福原佐智Sachiデザイン

 

1985年 ワールド ゴールド カウンシル’86 グランプリ及び金賞

 

福原佐智Sachiデザイン

 

1985年 南アフリカ・ヨーロッパ視察 バーゼルフェア等、海外各地のフェアに協賛出品

 

1986年 ゴールド・ジュエリー東京 デザイナーズ・コレクション レギュラー出品

 

1988年 イタリア バレンツアへ短期留学、イタリアのマエストロとコラボレート

 

1990年 文化服装学院 ジュエリーコンテスト 審査員

 

1994年 中国初のジュエリーデザインコンテスト 日本代表 審査員として北京訪問

 

1995年 ミラノ国際宝飾展出品

 

2004年 菱田安彦記念JEWEL賞

 

 

毎日新聞社主催 ジュエリークリエイティブコンテスト審査員

株式会社ムラオ デザイン開発契約

株式会社ジュネ デザイン開発契約

株式会社野辺商店 デザイン開発契約